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社長ってどんな人?

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社長プロフィール

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名前
村上 祥子 / Murakami Sachiko
生年月日
1971年12月1日
出身地
広島県
出身大学
英知大学文学部 英語英文学科

学生時代は留学費用を貯めるためにアルバイトばかりしていました。 大学3年時に一人でイギリスのケンブリッジに3ヶ月滞在し、イギリス・スコットランドを堪能しました。

  • Q 好きなもの

    ミュージカル鑑賞。
    初めて博多座、しかも幸運なことに最前列で観た「Les Misérables」に衝撃を受け、家族でミュージカル沼にハマりました。2年おきの興行のために家族でミュージカル貯金をしています。
    最近は英語詞の言葉の重みや日本語で表現しきれない部分に注目。いつかロンドンのソンドハイム劇場やブロードウェイのインペリアル劇場に行きたいです。

  • Q 苦手なもの

    お肉が苦手です。会社の忘年会で焼き肉屋に行く際は塩タンのみ食べています。

  • Q 休日の過ごし方

    友達とランチに出かけたり、子どもたちと映画を観たりすることが多いです。

  • Q 長所

    娘からは「超ポジティブ人間」と言われます。今あるピンチは神様に試されていると捉えています。

  • Q 短所

    片付けが苦手です。店舗では片付けの得意なスタッフがフォローしてくれていることに感謝です。

My personality

私の性格

絶対に打破する道はあると信じるポジティブ思考

寮生活をしている息子から「10日後に修学旅行で台湾に行くのだけど俺のパスポートしらん?」と連絡があり、息子がパスポートを紛失したことを知る母の私。 「ちょっと調べるから」と電話を切り、最短で再発行できる方法を検索!

①担任にパスポートの紛失と再発行手続きの為に早退したい旨伝える
②交番に紛失届を出す
③証明写真撮影
④戸籍謄本取得
⑤県の地域政策局国際課旅券グループでこっぴどく叱られる

これが最短ルートだとわかり、スタッフに無理言って仕事を抜け、①~④工程を終えた息子と合流し県の地域政策局へ。めちゃくちゃ怒られましたが、なんとか数日で再発行していただくことができ、無事修学旅行に息子を送り出すことができました。 ピンチの時ほど意欲がわく、最後まであきらめないことが私の最大の武器です。

History

私の歩んできた道

  • 習い事を楽しんだ子ども時代

    幼稚園に通っているころから習い事の好きな女の子でした。英会話・お習字・オルガン教室・そろばん・バトントワーリングなどなど。
    自分が親になって、さまざまな経験をさせてくれた親に感謝!そんな子ども時代でした。

    社長の子供時代
    ▲松永幼稚園年長組の運動会の時の写真
  • 「感謝」の大切さを実感した中高学生時代

    高校2年の夏休みにアメリカにホームステイに行く機会を得ました。
    滞在先のホストファミリー宅で、家族といえども日々の感謝を言葉で伝えることに感動したのを覚えています。当たり前にしてもらっていることはすべて当たり前なことではないこと、感謝の気持ちを表現することはコミュニケーションの基本であることをここで学びました。
    また中高6年間大変お世話になった恩師とも呼べる方へ高校卒業時にご挨拶に伺ったところ、「あなたが今持っている感謝の気持ちをこれからあなたが出会う方々に繋いでいきなさい。」というお言葉を頂きました。
    ご恩は返すものだと思っていた私にとって、ご縁を繋ぐことの大切さを教えてくださったこの言葉は私の宝物になりました。

  • イギリスへ短期留学をした大学生時代

    大学3年生の時、アルバイトで貯めたお金を使って3ヶ月のイギリス短期留学に行きました。
    ケンブリッジの語学学校には世界中の学生が集まっており、毎日ディベートの授業があったのですが、私を含め日本の学生が日本という国をいかに知らないかということにショックを受けました。
    政治経済をはじめとした日本社会の仕組みや防衛に関することなど、当たり前のように力説する他国の学生に圧倒され、学校で学ぶ勉強とは違う、日々のニュースから得られる社会常識を身に着ける重要性に気づかされました。

    短期留学したイギリスからの帰り、飛行機の機体トラブルにより延泊・リスケに…。
    翌日イギリスから中継地のシンガポールに向かいましたが、乗り継ぎまで半日あるとのことで真冬の恰好で真夏のシンガポール市内を観光バスで巡ることに。
    空港に戻ってチェックインしようとカウンターに行くと、手続きができておらず帰れないと言われました。時差ぼけ&トラブル続きにハイテンションだった私は3ヶ月の留学成果を発揮してカウンターで粘り強く交渉した結果、ファーストクラスの席を獲得することに成功。 バブル期の海外駐在のサラリーマンばかりのファーストクラス席の中で、真冬の格好の女子大生はかなり場違いでした。

    社長の大学生時代
    ▲大学3年生
  • 社会人としてのプロ意識を得た若手時代

    大学卒業後に入社した会社では先輩に厳しくご指導いただき、また大変かわいがって頂きました。
    今でも覚えている言葉は「新人もベテランもお客様にとってみれば皆同じ。あなたはこの道のプロとしてしっかり話ができるよう自己研鑽を積みなさい」。 私を同じ社会人として叱咤激励してくださった先輩とは未だに交流をさせていただいておりますが、そういう先輩に出会えたことは今でもありがたく思っております。  

  • 有限会社エルの代表へ

    両親の経営する有限会社エルに入社したのは約20年前。
    当時は会社を継ぐということを考える余裕もなかったと思います。ところがあるスタッフに「薬剤師ではないあなたが社長になるの?」と問われたことをきっかけに、私がこの会社に貢献できることはなんだろうと考えるようになりました。
    薬剤師ではない私は、薬剤師業務はできません。それなら私にできることをやろう!そう思い、働きやすい環境を作るために自分にできることをしてきました。給与相場の調査、最新の働き方状況、スタッフの困りごと、雇用状況のチェック、DX化の推進など…。 「スタッフは、人生の大事な時間を使って働いてくれている」
    薬局の仕事のために、一人ひとりが大事な時間を使ってくれている。だからこそ、スタッフが「ここで働いて良かったな」と思ってもらえるようにしたい。
    誰よりも会社のこと・スタッフのことを考えられる社長でありたいと、日々取り組んでいます。

    〜創設者の思い〜

    “L”の溢れる薬局

    私たちは患者様の命(Life)に寄り添い、処方医・患者様・スタッフ一人ひとりの言葉に耳を傾け、真摯に聞く(Listen)姿勢を大切にします。
    私たちは地域の医療を担う社会的責任(Liability)を果たすために、常に新しい知識を追求し学び(Learn)続けます。
    私たちは我が親・我が子を思うような慈愛の心(Love)で患者様と接し、健康と幸福を願います。
    そして地域社会において輝く(Light)存在となり指標(Landmark)として信頼されつづける薬局であり続けることを誓います。

    創設者の村上美也子
    ▲創設者の村上美也子